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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)17号 判決

被告人

小泉鉙二

主文

原判決を破棄し本件を名古屋簡易裁判所へ差し戻す。

理由

弁護人森健の控訴趣意第一点は、原判決は起訴状摘示の公訴事実にあらざる事実を認定した違法がある。即ち本件起訴状記載の公訴事実は「被告人は浅田稔と共謀の上云々中古ベルト二本を窃取した」とあるに原判決は「被告人は浅田稔の中古ベルト二本を窃取する行爲を幇助した」と判示している。刑事訴訟法第二百五十六條は起訴状には明確に訴因、罰條を記載する事を要求し其の変更は同法第三百十二條所定の手続を要する。然るに原審公判調書を精査するも訴因、罰條変更の手続を履践した事実はない。而して同法條第三項は訴因、罰條の変更があつたときは裁判長は速かに其の旨を被告人に通知しなければならないと規定し訴因罰條の変更の重要な事を明かにしている。蓋し被告人に対し全く予期しない事実の認定せられることを防ぎ被告人に充分な防禦権を行使する機会を與えたものである。原審においては斯る変更の手続が行われることなく從つて檢察官、弁護人は此の点について何等意見を陳述せず唯窃盜の存否を論爭したのみである。原審が拔打的に訴因以外の事実を認定したのは被告人の防禦権、弁護人の弁護権を奪うものであつて憲法並びに刑事訴訟法の精神に反する。

と謂うにある。

これに対し檢察官は本件控訴の趣意は理由のないものであるから本件控訴の棄却を求めた。

仍て審査を遂ぐるに本件起訴状によれば「被告人は浅田稔と共謀の上昭和二十三年十一月二十八日午後八時頃瀨戸市拜戸町千四百二十七番地鵜飼鈴雄方工場内より同人所有の中古布製ベルト二本を窃取した」と單一的に窃盜の公訴事実とその罰條として刑法第二百三十五條を表示し原判決書によれば「被告人は昭和二十三年十一月二十八日瀨戸市内において旧知の浅田稔に逢いベルトを盜みに行くことを誘われたが予て窃盜罪で判決を受け執行猶予中の身であつたのでその旨を告げこれを拒絶したところ同人がベルトを窃取して來るから他へ賣却して貰いたいというのでそれを承諾し右浅田が同日瀨戸市拜戸町千四百二十七番地鵜飼鈴雄方工場内から同人所有の中古布製ベルト二本を窃取する行爲を幇助したものである」と判示し罰條として刑法第二百三十五條第六十二條第一項が適用されているが本件記録を通じて窃盜幇助の事実は起訴状に予備的に又は択一的にも記載されておらず更に檢察官から右起訴状記載の訴因の追加、変更、撤回を請求し又は裁判所からその訴因の追加、変更を命じた形跡を認め得ない。他方刑事訴訟法第三百七十八條第三号及び第三百九十七條によれば審判の請求を受けた事件について判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決をしたときは判決を以て原判決を破棄せねばならぬことになつており改正前の刑事訴訟法の解釈としては裁判所は起訴状に公訴事実として表示された事実と基本的事実を同一とする限りすべて審判の対象となりその範囲内における事実の認定及び適用罰條は裁判所の自由な判断に委ねられ敢えて起訴の罪名乃至適條に拘束されぬのであつて從つて本件の如く起訴状が窃盜の事実及び窃盜の罰條を表示している場合裁判所がその窃盜に関する幇助の事実を認定しこれに対して窃盜幇助の罰條を適用することは適法な措置と認められるのであるが從前に比して職権主義が縮少され当事者主義が著しく拡大し延いて被告人の防禦権が強化された改前後の刑事訴訟法においても果して同樣な解釈が許されるか否か頗る疑問であつて檢討を要するところである。そこで改正後の刑事訴訟法第二百五十六條及び第三百十二條によれば起訴状に記載さるる公訴事実は必ず訴因を以て具体的に明示することを要するが訴因は予備的に又は択一的にもこれを表示し得べく又公訴事実の同一性を害さぬ限り檢察官は訴因の追加、撤回、変更を請求できるし裁判所は審理の経過に鑑みて適当とするときは訴因の追加、変更を命じ得るのでありかくして訴因の追加、撤回、変更があつたときは速かに追加、撤回、変更の部分を被告人に通知することを要し若しそれが被告人の防禦に実質的な不利益を生ずる虞があると認めるときは被告人又は弁護人の請求により決定で被告人に充分な防禦の準備をさせるため必要な期間公判手続を停止しなければならぬので如上の規定は改正刑事訴訟法を一貫する審理の隠祕性を排除し飽く迄その公正明朗を求めている精神から考えて仮令公訴事実の同一性を害さぬ場合でも法定の手続による追加、撤回、変更がなされぬ限り起訴状に訴因を以て明示されていない事実はそれが被告人に実質的に不利益を與えると否とを問わず審判の対象とすることを禁止し当事者に対して不測の事実認定を受けないことを保障し当事者をして安じて起訴状の又はその後の法定の手続によつて審判の対象とされている当該訴因に攻撃防禦を集中せしめる趣旨であつて訴因の異別は副一的に且嚴格に判定すべきものと思われる。同法第二百五十六條第三項但書によれば罰條に関して特にその記載の誤は被告人に実質的な不利益を生ずる虞のないときは公訴提起の効力に影響がない。換言すれば場合により裁判所が法定の追加、撤回、変更の手続を経ることなく起訴状記載以外の罰條を適用し得ることを明かにしているのに反し訴因についてはかかる規定の存しないことから考えても一層右の趣旨を是認せざるを得ない。從つて裁判所が法定の手続を経ずに起訴状に記載された訴因を以て明示された公訴事実を認定せずにその他の事実を認定したときは同法第三百七十八條第三号に所謂審判の請求を受けた事件について判決をせず又は審判の請求を受けない事件について判決をしたものと解さざるを得ない。然るところ窃盜行爲自体とその窃盜の幇助行爲とはその基本的関係を同一にするものでその認定の変更は事実の同一性を害さぬとはいい得るが被告人が窃盜をしたのではなく單に他人の窃盜行爲を幇助したものだというのでわ被告人に窃取行爲が存せず他人の窃取行爲に便宜を與えたというのであるからその犯罪構成の事実に異同があり所謂訴因を異にすること明かで從つて当事者としてもその何れかによつて攻撃防禦の方法乃至資料の使用において差異を生ぜざるを得ないので窃盜行爲自体の存否に弁論を集中させながら突如として法定の手続によらず窃盜幇助を認定するが如きは当事者としては不測の事実認定を受けたもので当事者特に被告人特に被告人側の防禦権を不当に奪つたものに外ならぬ。原審が前掲説示のように起訴状の訴因を以て明示された事実が被告人に窃盜行爲ありとなすのに法定の手続を経ることなくこれと訴因を別にする被告人が他人の窃盜行爲を幇助したと認定したのは同法第三百七十八條第三号に該当する不法を敢えてしたとする前掲控訴趣意はその理由あるものと認めその他の控訴趣意に対してはその説明を省略し且当審において本件を自判するは未だ適当でないと認めるから同法第三百九十七條第四百條に則つて主文の通り判決する。

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